夏の嵐 12

次の日、包括支援の担当者が2名来られた。

一人はお盆の日、私が足腰が立たないと訴えた時に「痛かったらタクシー呼んで病院に行って下さいね」と言い放った人だ。

退院後の2日間、母の様子がおかしく、私はもう必死だった。
母に食事の支度はさせられない。

同居人がいる為に食事介護のヘルパーさんを派遣できないというのなら・・・
とにかく私のことはもう見えないものとして扱ってほしい。
見えないのだから、踏んづけても蹴飛ばしてもいいから、母一人分の食事を作りに来てほしいと懇願した。

そこまで言っても、一人は最後までokと言わなかった。
もう一人は渋々、okを出してくれた。
決められたルールがある以上、包括支援の方々も仕事に忠実でなければならないことは、私も理解できる・・・

例外という事で、介護保険内のヘルパーさんが週2回、介護保険外のヘルパーさんが週1回来て下さることになった。

これで母は飢えて死ぬことはないだろう。

私は貧血もあるし、暑さもあるし、食べることも出来ないので、まぁ、そのうち逝っちゃうのかなぁと思った。
7月に書いた”後処理”がやはり役立つんだと思った。

母と猫ちゃんが何とか助かるなら、それでいい。
そう思いながら、話し合いに疲れた私は少し眠った。


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プロフィール

風

Author:風
貧血、椎間板ヘルニアはかなり良くなってきました。
病気以来、身体に良い物を食べる事、適度な運動をする事は大切であると痛感しています。
普通に生活できる事は素晴らしい事であり、感謝するべきものなんですね。

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