自宅介護は無理だった・・・のか?

母がもし2月の頃のようにトイレへ行けていれば、今頃まだ自宅で介護できていたのだろうか?としばしば思う。
私は我慢できていたのだろうかと。

昨年の3月から母の痴呆は悪化した。
夜中に名前を大きな声で呼ばれることは毎晩のようで、その声を聞くと顔やら胸やらピクピクと痙攣を起こした。

昼間も眼が離せなかった。
色々と家事のような真似ごとをしたがった。
それは私にとってはかえって迷惑になる事ばかり。
また、5分おきに意味のない質問を繰り返した。
死んでしまった親戚などがどこへ行った?とか、いつ戻ってくる?などなど。

食べたこともすぐ忘れるので一日、4回から5回、食事を与える事がほとんどだった。
たまに良く眠る時があってその時だけは少しゆっくり出来たが・・・。
でも、そうなると夜はほとんど寝ないので私もずっと起きていないといけない。
結構なストレスであった。

そして、今年の3月。より痴呆は悪化したように感じた。
私が「右を向いて」と言うと、左を向く。
何度言ってもダメだった。
ほとんど意思疎通がうまく出来なかった。
それに対して、ダメだと判っていながらヒステリーが出た。

で、3月半ばからの
入院→老健→入院→自宅→サ高住→自宅→療養型医療施設

3月入院前の母の状態でもかなりのストレスだったが、可哀想でなかなか特養に申し込む踏ん切りがつかなかった。
母は家が大好きで、私に異常に執着する。

でも、寝たきりになりトイレへ行けなくなった。
常にオムツ、汚物、バケツなどが家にあり、気分的に落ち着けない。
加えて、朝、オムツを外し便で床を汚すという恐怖。

ここまでの状態になって、やっと踏ん切りがついた。
特養に申し込んだ。
だが、空きは当然ない。
家では看る事はもう出来ない。
選択肢は療養型医療施設しかなかった。


2月までは楽しそうにニコニコとデーやショートへ行っていた姿が目に浮かぶ。
歩けていたのが突然、歩けなくなったことが可哀想だ。
精神安定剤の副作用か、認知症が進んだからなのか判断は難しいと、どの医師も言う。
実際に多くのお年寄りは入院生活後、退院したら歩けなくなったと言う話はよく聞く。
だが、母は退院の少なくとも2、3日前まで手引き歩行で15m歩けていた。
やはり解せない。


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風

Author:風
貧血、椎間板ヘルニアはかなり良くなってきました。
病気以来、身体に良い物を食べる事、適度な運動をする事は大切であると痛感しています。
普通に生活できる事は素晴らしい事であり、感謝するべきものなんですね。

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