かなりマシ

雨が多い今週。
ジメジメと蒸し暑くイヤーな気分。

が、グタグタ言ってないで13時過ぎにお見舞いに行った。

今日もベッドに寝ていたが、先週よりも咳や痰は減り、元気そうに見えた。
声は相変わらず大きい。
食事も高栄養のゼリー食を全て食べたそうだ。

フロアーの臭いもなく、同部屋のお婆さん達も静かだった。

誤嚥性肺炎に少しでもならないようにと思い、新しい歯ブラシと歯磨き粉を持って行った。

ただの気休めかもしれないけど、前の歯ブラシは旅行用の小さいタイプだったから介助する人は磨きにくかったかもしれないという事に今更ながら気が付いた。
歯磨き粉はシャボン玉石けんの無添加。

オムツ交換タイムが来たので、いったん、病室から出た。
ウロウロしていると、杖を突いた綺麗なお爺さんが私に話しかけた。
「何か迷ってるんですか?」と。
「何か困ったことがあったら詰め所で尋ねると良いですよ」と。

なんて親切な可愛いお爺さん。
私は思わず笑顔になり、
「ありがとうございます。オムツ交換なので外で待っているんです」
「お元気でいいですね」

こんなに穏やかで良いお爺さんでも、自宅介護は難しかったのかなぁ。。。と、ふと思った。
独居だったのかなぁ?


母は先週よりも元気になっていて少し安心した。
病室内だったけど30分位はいたかな。
臭いのあるなしの差は大きい。






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お見舞い with姪っ子ちゃん

出血が酷く、お見舞いは週明けにしようと思っていたのだが、
朝、携帯が鳴った。
姪っ子ちゃんからだった。
もうすぐバリ島へ旅行へ行くので、その前にお見舞いに行きたいと言ってくれた。

出血は昨日よりはマシだったので、行く準備をする。
宅急便が来た。
荷物をしまっている間に、玄関の扉を開け猫タンが外に出てしまった。

アチャー。

鍵を閉めていないと簡単に扉やら窓を開ける家の賢い猫(笑)
本当に間が悪いわ。

外には白黒のノラ猫さんが5、6匹いる。
家の猫タンは今まで一度もケンカに勝ったことがない(笑)
そのくせ、猫を見たら怒ってギャオギャオと鳴く。

猫タンを外に置いたまま外出は出来ない。
どうしようと思っていたら、姪っ子ちゃんから電話があり、電車を乗り間違えたらしい(笑)
猫タンもちょうど1時間後に無事、ご帰宅。
ということで、予定より1時間遅れで母の病院へ到着。
行くだけで疲れた(笑)

母はベッドに寝ていたが点滴はもうなかった。
19日にヘアーカットがあり、髪がかなり短くなっていた。
熱は下がったのだろう。
ゴホゴホと咳をしたり痰が出たりしていた。
食事は高栄養のゼリー食だとの事。

姪っ子ちゃんのお蔭で長く病院に居られた。
よく話してくれたり、痰を吐きださせるなどしてくれた。
自力で吐き出せない痰は看護婦さんに吸引をお願いした。

私は階下の談話室に母を連れて行き、そこでなら1時間くらい居られるが、
病室は本当に苦手だ。
周りの人が気になるし、臭いはあるしで、一人だとすぐ帰る。
今日は病室内だったけれど、比較的、長くいられた。

母もすごく喜んでいた。
ありがとう!姪っ子ちゃん。

お見舞い行けなかった

週に2回くらいはお見舞いに行こうと思っている。
今日も行こうと思っていたが・・・

あまりの出血の多さに唖然。
当然、フラフラして立っていられない。

朝食を食べ、鉄剤を飲んだら、再びベッドへ。

今日はほとんどベッドの中で休んでいた。

目も酷く疲れている。
ベッドの中でタブレットも出来ない。

なんか調子悪いところがどんどん増える感じ。
一つでも減って!
閉経、早く!!

気温もどんどん高くなるけど、来週はお見舞いに行けるかな。。。



大きな声

点滴はしていたものの、声は大きく意味不明な事を話していた。
先週よりも少し元気そうだった。

一人のお婆さんがリハビリの一環なのか、歌を歌うように言われていた。
お婆さんは言われた通り歌っていた。
母はおそらく出来ないだろう。

私は年齢のわりにはお上手だなと思い聞いていたのだが・・
母は大きな声で「音痴やな」と言った。

私は吹き出しながら急いで止めた。
必死で話題を変えた。
本当にボケるって嫌だ。



発熱

頭痛も喉の痛みもとれたので、今日もお見舞いに行った。

珍しく病室で寝ていた。
呼んでも返事はするが起きない。

すると看護師さんが来て、昼食は食べたけれど熱が38度強あると教えてくれた。
誤嚥性肺炎だろうか?

4月に続き、まだ2か月も経っていない。
こんなに頻繁に誤嚥性肺炎になるのだったら、特養に入れない。
やはりずっとこのまま、この療養型医療施設にいることになるのだろうか?

母が喜ぶだろうと思い、銀座・千疋屋のゼリーを取り寄せ、今日、持って行ったのに・・・
なんかガッカリした。
すぐに帰った。

熱が早く下がってくれれば良いけれど。


3月、母が入退院を繰り返してからずっと今まで、私も体調悪い。
足腰の痛み・痺れ、動悸、息切れ、眩暈。
そして、顔と頭の痒み。

特に顔が酷い。
白く鱗状になった皮膚、赤くただれた皮膚が混在している感じだ。
健康な皮膚の部分がほとんどない。
瞼も赤く腫れて、目が無い状態だ(笑)

まぁ、ストレスだろうなぁと思っていた。
”嫌だなぁー””どうしよう” ”困ったなぁ”と心の中で思うと痒みが増す。
掻き出したら止まらない。
狂ったように掻いてしまう。

だけど、母が療養型医療施設に入って2週間近くになるが、一向に良くならない。
ストレスではなく更年期障害の影響か?

いやいや、今日は特に痒かった。
病院へ行って、母が発熱していたからだろう。
やはり精神的なものか・・・。

まっ、いいや。
どうせ行く所は母の病院へのお見舞いだけ。
酷い顔でもそのままほおっておこう。

なんとなく、オペラ座の怪人のエリック、ノートルダムドパリのカジモドになった気分だ。

病院へ行くと・・・

昨日もお見舞いに行った。
12時過ぎに着いたので、昼食が終わりしばらく経った頃だろう。
また、病室の前で車椅子に乗せられ座っていた。
ウトウトしていたが、私が声をかけると、すぐに起きた。
時間帯が悪かったのか、フロアー全体にひどい臭いが漂っていた。
ちょうど、オムツ交換の時間帯だったのかな?

で、いつものように階下の談話室に連れて行き、ゼリー飲料を飲ませた。
ずっと話しているが、内容はよく判らない。
夢と現実がごちゃまぜになっている感じなのかなぁ。。。

ただ嬉しそうだ。
笑顔が見られるだけでいいのかもしれない。

今日、朝起きたら、頭痛と喉の痛みがあった。
私は昔から病院へ行くと調子が悪くなる。
風邪を引いたのかな?
とりあえず睡眠をたくさんとろう。


痴呆は進んだかなぁ。。。

昼過ぎにお見舞いに行った。
体操中だったが母は見ているだけで手足は動かしていなかった。
その後、カラオケがあるとの事だった。
寝て食べるだけ、最悪、薬漬けなのかなぁ・・・と心配していたが、違っていた。

階下の談話室に連れて行き、ゼリー飲料を飲ませた。
母は元気に話していたがずっとボケた話、ほとんど意味不明の話をしていた。
歩かないから痴呆はすすむのだろうなぁ。
まぁ、元気な笑顔が見られるだけでいいのかもしれない。


自宅介護は無理だった・・・のか?

母がもし2月の頃のようにトイレへ行けていれば、今頃まだ自宅で介護できていたのだろうか?としばしば思う。
私は我慢できていたのだろうかと。

昨年の3月から母の痴呆は悪化した。
夜中に名前を大きな声で呼ばれることは毎晩のようで、その声を聞くと顔やら胸やらピクピクと痙攣を起こした。

昼間も眼が離せなかった。
色々と家事のような真似ごとをしたがった。
それは私にとってはかえって迷惑になる事ばかり。
また、5分おきに意味のない質問を繰り返した。
死んでしまった親戚などがどこへ行った?とか、いつ戻ってくる?などなど。

食べたこともすぐ忘れるので一日、4回から5回、食事を与える事がほとんどだった。
たまに良く眠る時があってその時だけは少しゆっくり出来たが・・・。
でも、そうなると夜はほとんど寝ないので私もずっと起きていないといけない。
結構なストレスであった。

そして、今年の3月。より痴呆は悪化したように感じた。
私が「右を向いて」と言うと、左を向く。
何度言ってもダメだった。
ほとんど意思疎通がうまく出来なかった。
それに対して、ダメだと判っていながらヒステリーが出た。

で、3月半ばからの
入院→老健→入院→自宅→サ高住→自宅→療養型医療施設

3月入院前の母の状態でもかなりのストレスだったが、可哀想でなかなか特養に申し込む踏ん切りがつかなかった。
母は家が大好きで、私に異常に執着する。

でも、寝たきりになりトイレへ行けなくなった。
常にオムツ、汚物、バケツなどが家にあり、気分的に落ち着けない。
加えて、朝、オムツを外し便で床を汚すという恐怖。

ここまでの状態になって、やっと踏ん切りがついた。
特養に申し込んだ。
だが、空きは当然ない。
家では看る事はもう出来ない。
選択肢は療養型医療施設しかなかった。


2月までは楽しそうにニコニコとデーやショートへ行っていた姿が目に浮かぶ。
歩けていたのが突然、歩けなくなったことが可哀想だ。
精神安定剤の副作用か、認知症が進んだからなのか判断は難しいと、どの医師も言う。
実際に多くのお年寄りは入院生活後、退院したら歩けなくなったと言う話はよく聞く。
だが、母は退院の少なくとも2、3日前まで手引き歩行で15m歩けていた。
やはり解せない。


3月からの出来事の整理

3月22日に入院する、その日までヨロヨロとではあるけれど、歩いてトイレは行けていた。
4月半ばまでの入院中は、不穏であるとの連絡もなかった。

リハビリも順調でバーに捕まりながら歩けていた。
この状態で退院させていれば・・・と後悔している。
全て私の判断ミスだ。

足腰の筋力を少しでも鍛えて欲しかった。
自宅でのトイレ移動がスムーズに出来るようにと。
そして、私も体調が悪く、母の介護を少し休みたかった。

4月半ば、老健に入所したのがこの悪夢の発端だ。
老健で不穏になり・・・
病院では不穏にならなくて、なぜ老健で不穏になったのだろう・・・
普通は高齢者にとって病院の方が無機質で恐怖を感じるのでは?と想像するのだが・・・

なんの医療知識、介護知識もない私の憶測、戯言であることを前もって記しておくが・・・

不穏の理由その1
アリセプト。
認知症によく処方される薬だが、同時に副作用も報告されている。
凶暴性が増したとか云々。
自宅ではアリセプトをあまり飲ませなかった。
3月半ばから4月半ばの入院中はアリセプトが効いていなかったから不穏にならなかったのではないだろうか?
で、入院中は医師の処方箋を忠実に守るであろうから、老健に入所する前、1か月弱の間、しっかりアリセプトは身体の中に入っていた。
なので、老健で不穏になったり暴言を吐いたりしたのではないだろうか?

不穏の理由その2
気に入らない介護士or看護婦がいた。
母はちょっとキツク言われると怒ってしまう。
老健入所の初日に、私は嫌な感じがした。
例の介護士だけではなく全体的に雰囲気が悪かったのではないだろうか?
まぁ、これは合う合わないの問題であって、合う人もいるのだから、母とは相性が悪かったという事だろう。

とにかく
老健で不穏になり、リスペリドンを飲まされた。

事前確認なしで勝手に飲まされ、昼間、お見舞いに行ったらグッタリしていた。
母が母であると言う判別が出来ないほど様子が変化しており、私はあからさまにショックを隠せないでいた。
その後、看護師長が薬の説明をした。
一応、そういうものなのか?と思い納得した。

その2日後、誤嚥性肺炎になった。
私はリスペリドン→ぐったり→誤嚥性肺炎の因果関係を問い正しかった。
でも、その場では言えずじまいであった。

そのまま同系列の病院へ再び入院した。
運の悪い事に病棟が幼児、新生児、妊婦などと同じフロアーであった。

入院時のアンケート用紙のようなものに、一番気になる事として、リスペリドン→ぐったり→誤嚥性肺炎の因果関係を心配している旨を記入した。

誤嚥性肺炎は1週間ほどで良くなったが、足腰が弱っているようなので、リハビリの為にもう少しいてもいいとの事だった。

が、やはり不穏になり、新生児や幼児のお母さんたちからクレームが来ていると言われた。
1日も早く出て行って欲しいと言われたが、こちらもまだ自宅の寝室の準備が出来ていないので「予定通りでお願いします」、と頼んだ。

その際、看護師長から“せっかく良くなっていらっしゃるのに、お薬でぐったりとした状態で退院されるのは不本気なので・・”というニュアンスの事を言われた。

その時はまさかアンケートにも記入したしリスペリドンを投与されるとは夢にも思っていなかった。
“煩くて迷惑なのでお薬で黙らせるぞ!”という柔らかな脅しだったのだなぁーと後から気づいた。

その日から退院の日までリスペリドン飲まされたとして、5日間ほどだ。

退院当日の朝はやはり意識朦朧としていた。
看護師の説明によると夜、睡眠薬を飲んだからなどと言っていた。

退院薬と薬の説明書を貰った。

それとは別に2袋渡された。
余った分との事だった。
リスペリドンが入っていた。
老健の分と病院の分で2袋。
一つは液体でもう一つは錠剤であった。


退院といいながらもこんな状態で家に帰れるのか不安になったが、介護タクシーの車椅子が病室まで来てくれたのでどうにか乗せる事は出来た。
家に戻ると足腰が全く動かなかった。

その状態が2、3日続いた。
食べ物もほとんど食べなかった。
呂律も回っていなかった。
こんな状態で退院って正直、呆れた。

2、3日後、足や腰を少し動かせるようになり、這う事は出来るようになった。
が、立つ事は出来ない。

歩けない→トイレに行けない→オムツの中で便→気持ち悪いから脱ぐ→家中を汚す

この悪夢、地獄がリスペリドンのせいなのか?

病院に問うたところで、結局は“高齢”を理由にされるだろう。
だけど、歩けていた人が急に立つ事も出来なくなるなんて・・と思う。

母は5月半ば、退院の2、3日前まで歩けていた。
手やバーに捕まったりしながら15m歩けていたとリハビリの担当者からケアマネさんに報告があった。
歩けていた人がまったく歩けなくなった絶望感、想像がつく。

本当に可哀想だ。

もう立つ事も歩くことも出来ないのか?

せめて何十秒か立っていられたら、車椅子から便器に座ることが出来る。
オムツの中で便をしなくても済む。
せめてそれくらいには回復してほしい・・・と願っているのだが。




機嫌が良かった

あんなに煩かった母がいない。
家は気持ち悪いくらい静かだ。

土日とゆっくりと休んだ。
久々に十分な睡眠がとれた。

今日、お見舞いに行った。
10時過ぎに着いたのだが、病室の前で車椅子に座っていた。
前夜、車椅子から一人で立とうとして転んだそうだ。
なので拘束ベルトをつけて座っていた。

元気も機嫌も良かった。

私の顔を見てすごく嬉しそうな顔をした。

一つ下の階の談話室に連れて行き、ゆっくりと話せた。
このまま不穏にならなかったら薬は大きな変更はないだろう。
どうか不穏にならないで欲しい。

1時間ほどして、病室に戻ろうとしたら、もう昼食だと言われ、食堂へ連れて行った。
食べる前に体操などもあった。
これならあまり特養と変わらないのかなぁ。。。と少し安心した。

ただやはり病院なのでずっとパジャマだし、母にとって居心地の良い特養が回ってくればいいなぁーと願っている。

全て運しだい。

プロフィール

風

Author:風
貧血、椎間板ヘルニアはかなり良くなってきました。
病気以来、身体に良い物を食べる事、適度な運動をする事は大切であると痛感しています。
普通に生活できる事は素晴らしい事であり、感謝するべきものなんですね。

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