またしても・・・

昨夜は意外とよく寝てくれたのだが、3時に起き出した。
そこからまたゴソゴソと徘徊が始まる。
ずっと見張っているわけも行かないので少し寝て、起きてを繰り返し、またオムツを外していないか確認した。

朝方、少しゆっくり寝てしまい、1階へ降りてみたら、漢方薬をまき散らしていた。
床がザラザラだ。
さらに、やはりオムツを半分、脱ぎ掛けていて、またまた畳が少し便で汚れていた。
あぁ。。。もう本当に便はダメ。
私の精神がどんどん壊れて行く。

昨夜はT病院へ入院させる事は姥捨て山に追いやるようで可哀想だと少し思ったけれど、やはりどう考えても家には置いておけない。
私の身体、精神が壊れる。
あと、2回の朝を迎えたら、この恐怖とはさようなら出来る。
そう思いながら掃除をした。



今日も食欲旺盛だった。
今晩は良く眠ってくれるだろうか・・・
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不憫だ・・・

早朝から起きてゴソゴソ。
母は掃除をしているつもりらしい。
ボケていても家事をしたいという気持ちがなんか不憫だ。

夕方、T病院から電話連絡があり、6月2日に入院できるとの事だった。

私はこれでやっとゆっくりできる。自由になれる。

でも母は・・・と思うと何だか可哀想。

こんなに家が好きなのに、あの何もない山奥のような病院かぁ。。。
お見舞いに行ってあげないと、まさに姥捨て山のようだ。


今日は真夏のように暑い。
夜間、パジャマのズボンを脱いだりしないだろうか?
昼間、夕方と寝てばかりいた。
また、オムツを外していたら最悪だ。


今日も危なかった

早朝から名前を呼んで騒いでいる。

無視したいところだが、又、あの便の恐怖がよみがえる。

1階に降りると、やはりオムツを下げようとしていた。

ぎりぎりセーフ。
また和室や玄関ホールに便がつくところだった・・・

入院するまでもう少しある。それまでは寝ないで注意しなければ。


夕方、ぐっすり眠っている。
22時頃、夕食を食べ、薬を飲んだ。

夜間ずっと起きているのでは?と心配したが、意外と聞き分けが良く、寝た。




3月に入院するまでは歩けていたのになぁ・・・

連日、部屋に便をつけられたら私は狂ってしまう。

母は夜中2時頃から声を上げだした。

そしてゴソゴソと這っての徘徊が始まった。

ずっと寝ないで様子を伺った。

絶対に便だけはもう嫌だ。
寝ないで監視しよう。

それでもちょっとした隙にオムツの紙袋を移動させたりシーツをグダグダにしていた。
本当に私が嫌がる事しかしない。

早朝からゴソゴソ徘徊、少し寝たら、また昼間ゴソゴソ、夕方、少しだけ寝たら、またゴソゴソ。
ほとんどゴソゴソ。

私は自分の事は何も出来ない。
自分の食事さえまともに食べられない。
このままでは私が死んでしまう。
もう限界なんだ。

これがずっと続いたら・・・と想像する。
介護殺人、介護心中をしてしまった人たちの気持ちが痛いほど判る。
素人が介護なんて絶対に無理だ。

なぜもっと特養を入りやすくしてくれないのだろうか?

お金持ちならば月々30万円、40万円の有料老人ホームに入れる。
結局、貧乏人は介護で苦労して苦労してその挙句、自分の親を手にかけて殺人犯になれという事か?


一日三食以上、食べたがる。食事の準備だけでも時間がかかる。
それプラス、
部屋を便で汚され、四六時中、徘徊され、ほとんど寝れない。

それでも耐えれる介護者は存在するのだろうか?
私は我慢が足らないのだろうか?
このままでは絶対に私が倒れる。

今日も地獄

昨夜、薬を飲ませたのに効いていないのか?
夜ずっと名前を呼んでいた。
朝も早くから徘徊。
物音がしていたが私は2階で休んでいた。
7時過ぎに1階に下りてみると・・・

今日も地獄。

便をしたオムツをずらし徘徊していた。

和室と板の間が便で汚れていた。
もううんざり。
本当に嫌。

ヘルパーさんが朝と昼過ぎにオムツを替えてくれた。

私は16時までずっと掃除。

そして洗濯。掃除、洗濯の繰り返し。そんな中で朝食、昼食を食べさせた。

掃除が終わると、仏さんの水を変えろやら花を変えろやら煩い。

一体、誰のせいで掃除&洗濯の繰り返しだったと思っているんだ。

ゴソゴソと徘徊も止まらない。
全く寝ない。
一体どういう体になっているんだ。

19時頃、やっと1時間程寝た。夕食を食べさせ薬を与えたのが22時頃。睡眠薬は5時間くらいしか効かない。
あぁ。。。明日の朝も恐怖。

忙し過ぎる・・・

9時頃まで一度も私を起すことなく寝ていた。

が、今日も本当に疲れた。
まるで母の奴隷のようだ。

9時半だと思っていたヘルパーさんが9時前に来て、焦った。
帰るとすぐに母の朝ごはんと薬を飲ませた。

10時にケアマネさんと市の福祉担当者が来て面談。
介護認定をし直してもらう為だ。

私は当然、朝食なし。
昼、我慢していたトイレにやっと行けた。
母のお昼ご飯に簡単な雑炊を作った。

寝ている間に市役所に行こうと思っていたのだが、昨夜たくさん寝たせいか全く寝ない。
簡単な昼食を取り、炊事、洗濯などをしていた。
ここまで面談の時間以外、一度も座る暇もない。
昼食も立って食べた。

3時半にヘルパーさんが来てくれた。
4時にヘルパーさんが帰り、急いで身支度して市役所へ行った。
医療限度額の申請でかなりお安くなるそうだ。
14年前から入院を5,6回しているのに一度もそんな説明は受けなかった。
一体、いくら損したことになるんだろう。

市役所の帰り、可愛らしいケーキ屋さんを見つけた。
母にとっては最後のケーキになるかも?と思い、買って帰った。

帰るとすぐに拭き掃除をした。
母は機嫌が悪かった。
憎まれ口も叩く。

夕食を母に食べさせた後、薬を飲ませた。
昨日まではスーッと寝たのに、今日は寝ない。
睡眠薬が効かなくなったのか?
それとも又、飲んだふりをして騙したのか?
あぁ。。。今晩、私は眠れるのだろうか・・・


15日の退院以来、地獄のような日々だ。
歩けない痴呆老人を介護なんて無理だ。

ヘルパーさんがオムツ交換に来てくれてもやっぱり無理だ。
サ高住滞在の内、2日だけは少しだけゆっくり出来たけど、お見舞いには行った。
どうせ不穏が理由で追い出されるんだったら、お見舞いなんか行かないでもっとゆっくりすればよかった。

サ高住から戻って来てからもC病院の外来、T病院の外来、T病院で面談、市の福祉担当者と面談、市役所へ行き限度額申請。

長年、毎日働いてなかった私がこんなに毎日、外出して慣れない事をしている。
これは何かの罰ゲーム?
今までぐうたらしていた私への罰?
ずっと母の奴隷だ。

家で介護していたらこれがまだまだ何年も続く。
気づいたらお婆ちゃんだ。

もう母を家で看るのは嫌だ。
T病院に入院させ特養へという流れがベストなんだけど・・・。

今ならまだ何か新しい事、楽しいことがあるかもしれない。
いや、そういう事が何もなくても精神的、身体的にかなり楽が出来る。
自分の身を犠牲にしてまで介護するなんてもう嫌だ。

異常な潔癖症である私は便をオムツの中でする人と同居は出来ない。
トイレに行けなくなったらどこか施設に入ってね、と前々から言っていた。

トイレだけじゃなく、昼間も5分として目が離せない。
寝たかな?と思った隙に今日のように市役所へ行くくらいが精いっぱいだ。
夜中もゴソゴソと徘徊する。

私は眠る事なんて出来ない。
こんなことがずっと続いたらたまったものじゃない。


涙がこぼれた

昨夜は新しい睡眠薬のお陰でわりと静かだった。
朝には大きな元気な声で私を起していたし、グッタリしている事もなかった。

14時にT病院へ行った。
相談員さんと詳しく話をした。
費用も意外と安かったしリースの為、洗濯物の心配もないようだ。

随分と楽が出来そうだと思った瞬間、母の嬉しそうな顔、笑った顔が浮かんだ。

なんか可哀想な気がしてきた。
あれだけ処遇に困りケアマネさんにも無理なお願いばかりしてきたと言うのに・・・。

T病院は山深い所にある。
今まで入院していたC病院のように駅前ではなく、お店もなにもない。
洗濯物はないし全く行かない家族もいるだろう。
山の中に見捨てられた老人・・・という感じがしないでもない。
実際、そういうお年寄りもいるんだなろうなぁー。

相談員さんとの話が終わった頃、ケアマネさんも来て下さって、「自分が楽する為に母に可哀想な思いさせるようで・・」などと話しているうちに涙が出た。
ケアマネさんは共倒れになってはいけないので気にすることはない、お見舞いに来てあげればいいと言ってくれた。

今日の母は食事は普通に食べた。
朝方は起きていたが、14時から22時まで寝ていた。
食事は22時。
お薬は飲ませたけれど、朝まで静かに眠るかな?


認知症専門病院

ケアマネさんから電話があり、T病院に入院という形もあると説明してくれた。
デーやショートの担当者と面談している場合じゃなさそうだからとも。
よかったー。

で、今日、T病院併設のクリニックで認知症専門医に診てもらった。
介護タクシーを頼み、歩けない母を玄関口まで連れて行くのが大変だ。

明日、私一人がT病院へ行って面談をしてから入院をさせて貰えるそうだ。
連日で、かなりしんどいが、

入院させて貰える=母が家に居ない!と思うと、頑張れるぞ。


薬は夕食後の漢方薬などと一緒に主治医の新しい処方、睡眠薬を飲ませた。
20時前に飲ませ、30分後くらいで寝た。

特養って入るのが難しい

サ高住入居拒否のショックがまだ取れない。

今日は朝から忙しかった。
冷蔵庫を買い替えた。
とにかく拭き掃除ばかりした。
ほんの数分、座る時間もない。

夕方、6時頃、ケアマネさんから電話があった。
私は本当に疲れていた。
いつものように社会人として明るくユーモアをもって対応するなんてのはもう出来なかった。
もう余裕はなくなった。

昨日のショックが尾を引いている。
次のプランを提案して下さったが、私はなんだかもう耳が聞くことを拒否していた。
私の負担が少しでも軽くなるようにデーやショートを提案して下ったのだが、私はとにかくもう母と離れたい。
特養に入ってほしい。

特養は空きがなかなか回ってこない事は知っているけど、本当に倒れそう。
椎間板ヘルニアの後遺症である右足の痺れ、貧血、生理の異常、下腹部の痛み、潔癖症であるが故の精神の崩壊etc

私が倒れたら、特養に入れて貰えるんだろうか?


夕方、薬局に新しい処方箋を取りに行った。
寝る前に睡眠薬をチャレンジしようとしたのだが、かたくなに拒否。
何か嫌な予感がするんだろうか・・・。

よってずっと起きていた。私もほとんど眠れず。


サ高住、断られる (>_<)

午前中、何も連絡がないから、このまま入居できるのかなぁ?などと楽観的に思いながら通院の準備をし、午後からサ高住へ行った。
部屋に着くと荷物が綺麗にまとめられていた。

ガァーン・・・やはり出て行かなくてはいけないのね・・・

一日の様子が記入された用紙を見ると、やはり昨夜も不穏だったようだ。
私が夕方、お見舞いに行っても行かなくても関係なかったようだ。

ケアマネさんも来てくださった。
サ高住の担当者と話していた。
やはり不穏だったので受け入れないとはっきりとお断りされた。 (>_<)

その後、外来も同行して下さり、主治医にも親身に質問してくださった。
お蔭様でアリセプトやコレステロールの薬を減らすことが出来た。
睡眠薬は種類を変更して下さるとの事だった。

サ高住に入居できなくて本当にショックでショックで・・・。
でも、薬の数が減ったことは少し良かった事。

サ高住ではなく自宅に戻り (;_;)・・・母は夜になると急に活動的になる。

私一人なので手におえない。
夜中2時まで騒いでいた。
少し寝て、その後、またゴソゴソ。

サ高住のプロの介護士さん達もお手上げの痴呆老人を介護素人の私が看れるわけがない。

プロフィール

風

Author:風
貧血、椎間板ヘルニアはかなり良くなってきました。
病気以来、身体に良い物を食べる事、適度な運動をする事は大切であると痛感しています。
普通に生活できる事は素晴らしい事であり、感謝するべきものなんですね。

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