50年前のメロディー

朝9時頃、電話が鳴った。

あぁとうとう来たのか……
と、電話を取った。

電話は病院の相談員さんからであった。
急変ではなく今後の治療について主治医と話してほしいとの事だった。

ほっとした。

主治医の話では熱は下がったがまだ血液検査では炎症があるとの事。
何よりも痰が多いので口から食べ物を摂取出来ない。
普通の点滴だけでは栄養失調になってしまうので、高カロリー点滴に切り替えて良いかどうかの確認の電話であった。
首や太ももなど太い静脈に点滴をするので危険性もあるとの事だった。
でも普通の点滴のままだとダメなんだったら高カロリーの点滴をして貰うしかないと思った。

お昼から処置をしますとの事だった。


お昼過ぎ、いつもの時間にお見舞いに行った。

今日も熱はなそうだ。
比較的、良く話した。
今日も「○○ちゃんの顔を見たら元気になった」と言った。
私が話す内容もきちんと理解しているようだった。

あと、鼻歌?のような物も歌っていた。
わらべ歌のような、単純なメロディーのものだ。

今日は看護師さんが少なく午後からの検温もいつもの時間が過ぎても来なかった。

「もうそろそろ帰るね」と言うと、
「早く帰って家でゆっくり寝なさい」と言ってくれた。

明日、お見舞いに行くと、太い静脈に点滴がされているのだろう。
ちょっと怖い。

病院の正面玄関に行くと、凄い大雨。雷だった。
来る時は晴れていたのに。
タクシーで帰った。

で、
家の玄関に着いたら思い出した。
あの母の鼻歌は、私が4、5歳くらいの時、向かい合って手を繋ぎながら母の足の甲に乗って遊んでいた時に一緒に口ずさんでいたメロディーだ。
トントントントン

もう50年も前だ。
すごい。
そのメロディーが今頃、蘇って来るなんて、本当に不思議だ。

母は本当に私と離れたくないのだろう。
なのに寿命が迫っている。
こればっかりは仕方がない。

母の希望は何だろう。
私より先に死にたくないのだろう。
でも普通に考えたら、私の方が長生きだ。

私が急死したら良いのだろうか?
私が先に死んだら母は安心してあの世に行けるのだろうか?

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為せば成る、為さねば成らぬ何事も

今日も蒸し暑かった。
お盆前の猛暑に戻ったようだ。

病室に入ると母は目を開けていた。
今日も熱はなさそうだ。

私の顔を嬉しそうに眺め、「○○ちゃんの顔を見たら元気が出ました」とか、「ここの人は皆、よくして下さる」などと言っていた。

痰は今日も多い。
私がいる1時間弱の間、4回も吸痰してもらった。

熱は36.9度だった。
看護師さんが忙しそうだったので血圧と酸素は訊けなかった。

19日から4日間、調子がマシのようだ。
危険な状態ではないみたいに見える。

それでも、やはり誤嚥性肺炎が治りきる事はないんだろうなぁ。。。


6月、入院した頃は週に2回位、お見舞いに行っていた。
気温が35度を超え暑さに耐えれなくなると、週に1回程、行っていた。
週一だとかなり楽でやっと自分の事、自分の病院へ行ったりヘアーカットに行ったり出来るかな?と思っていた矢先だった。

今は13日間、毎日、通っている。
この一年で最も暑い時期に毎日だ。
よく倒れないものだ。
人間ってどうにでもなるものなんだな。

母が良く言っていた。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」



今日もマシだったのかな?

今日も12時過ぎにお見舞いに行った。

2日続けて調子がマシだったので、今日は悪いんじゃないだろうか?と思いながら病室に入った。
母は起きていた。
会話も出来た。

昨日、皆が来てくれたことは覚えていないようだったが、皆の名前が頻繁に会話の中で出た。
”昨日”であったことは覚えていないが、甥、姪らの事は印象に残ったのだろう。

私が今年の暑さはどんなに大変かなどを話すと、私の顔をまじまじと見て「苦労を掛けてすみません」と言った。

オムツ交換と検温タイムが重なり、私は病室を出なければいけなかった。
なので、今日の体温、血圧、酸素量は判らなかった。

でも、話せるという事はたぶん熱は37度以下なんだと思う。
痰も今日は少し減ったようだった。

感謝

今日は甥2人、姪、亡き姉の夫、4人がお見舞いに来てくれた。

病室に着くと母は起きていた。
点滴と酸素はいつも通り。

頭を動かし目をキョロキョロさせ、皆の顔を見た。
皆が声をかけてくれると嬉しそうにした。
一応、誰が誰だかは判別できているのかな?

まっ、とにかく表情が穏やかで嬉しそうだ。
皆の会話を聞いて笑ったりしていた。

昨日、比較的、マシだったから今日はグッタリしているのではないだろうか?と心配していたが、今日もマシで良かった。

担当の看護婦さんも話し好きの明るい人だったので、私たちの会話に参加。
酸素量を計測する機器で各自、自分の酸素量を測らせてくれた。

母は、痰は相変わらず多かったが、熱は36.7度。
酸素量も血圧も正常との事だった。

4人とも、母に明るく優しく声を掛けてくれて、本当に嬉しかった。
皆の子供時代の話などもしながら1時間ほど居た。

その後、皆で昼食を食べに行った。
何とも賑やか。
姪が「おねーちゃん、私、いつもこんな汚らしい男三人とばっかりでご飯食べてるねんよ」「ホンマにむさ苦しいわ」などなど言いたい放題(笑)
言われている男三人は全く気にもしない様子。


甥たちは病院であんなにベタベタと色々と触った手で、私のお箸を取ってくれたり、揚げ物にレモンを掛けたりしてくれた。
一瞬、ウギャと思ったけど、段々と気にならなくなって来た。
おじさんになっても甥は可愛いものなんだなぁと思った。
彼らといると私の強迫性障害も治るかもしれない(笑)


今日は甥2人、姪、亡き姉の夫に本当に感謝した一日だった。
亡き姉にも感謝した。
こんなに良い子三人を産んで育ててくれたんだなぁと。

有り難う!

今日は午前中にお見舞いに行った。

心配しながら病室を覗くと、昨日よりも表情が良かった。

私の顔をしっかりと見て、自分から話そうとしてくれた。

「昨日は熱があったせいか不機嫌だったね」と言うと、「それは申し訳なかったです」などと応えた。

で、

「今日は私の誕生日だよ。55年前の今日、私を産んでくれたの。有り難うございました」と言ったら、嬉しそうに微笑んだ。

続けて、おどけた感じで「こんなに大きくなりました。大きくなり過ぎてこんなにオバハンになってしまいました」と言ったら、

笑いながら、「お若い。お若い」と言った。

今日はお世辞を言える程、調子が良いのかな?

ここ2、3年で一挙に老けた。
額、目元のシワが増え、ほうれい線もクッキリ。髪も白髪が急に増えた。
自分的には65歳くらいに見える。

しばらく微笑んで話してはウトウトと言う状態だった。
少し眠そうだった。
痰は相変わらずたくさん出ていた。

看護婦さんが言うには今日は熱はないし酸素量も良いとの事だった。
熱がないと話してくれる。
熱があるとやはりしんどいのだろう。



今日は母の穏やかな顔が見れた。
少し笑い合う事も出来た。

私が「帰るね」と言うと、「お気をつけて」とまで言ってくれた。

有り難う。お母さん。
一番のバースディ―プレゼントです。



そして、
産んでくれて有り難う!

プロフィール

風

Author:風
貧血、椎間板ヘルニアはかなり良くなってきました。
病気以来、身体に良い物を食べる事、適度な運動をする事は大切であると痛感しています。
普通に生活できる事は素晴らしい事であり、感謝するべきものなんですね。

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